軽井沢はもともと江戸時代、中山道が通る宿場町でした。しかし、江戸時代末期から明治の初めにかけて、人の流れが少なくなっていき、宿場町としての機能が衰退し、軽井沢一帯は、没落していくようになりました。軽井沢が別荘地として有名になるきっかけを与えたのが、1886年にやってきたカナダ人宣教師であるアレクサンドル・クロフト・ショーでした。彼は偶然ここにやってきて、1~2ヶ月ほど休業中だった亀屋旅館に滞在します。

軽井沢で過ごしてみたアレクサンドル・クロフト・ショーは、軽井沢が彼の故郷であるトロントに非常に似ていて過ごしやすいと感じ、その後つるやの主人であった佐藤忠右衛門からの斡旋を受けて、アレクサンドル・クロフト・ショーは別荘を設けることになります。

これが別荘地としての軽井沢の始まりでした。この時、亀屋旅館の主人だった、佐藤万平もこれを絶好のチャンスだと考えるようになりました。宿場町としては寂れてしまっていたこの町で、亀屋をもう一度立て直すには、欧米人を積極的に誘致するしかないと考えたのです。

佐藤万平は、アレクサンドル・クロフト・ショーが訪れたことにより、欧米人の文化・風習や、もてなしのテクニックを学び、アレクサンダー・クロフト・ショーと一緒にやってきた、英語教師のディクソン夫妻に洋食を学ぶことができました。そして1894年軽井沢で初の洋式ホテルとなる。「亀屋ホテル」を創業します。

その後1896年に亀屋ホテルから万平ホテルと言う名称に改名しますが、この万平ホテルは現在も営業しており、起源となる旅館亀屋創業開始から数えれば、250年以上の歴史を持つホテルとなります。

外国人に避暑地として広まり、全国有数の別荘地として名を馳せるようになったのは、カナダ人宣教師のアレクサンドル・クロフト・ショーと、亀屋旅館の主人佐藤万平がいたからでしょう。